年末、手、勉強

気が付けば一年が終わってしまう。あまりに全てがあっという間で、泣いたり頑張ったり泣いたりため息ついたりしている間に年末になってしまった。料理をし始めてから、こんなにキッチンに立たなかった一年は初めてだ。仕事と育児と勉強で一日が終わって、自分の人生がほぼなかった。セラピストを見つけなければ潰れるとわかっているのにセラピストを見つける気力がなく、英語でやるのか日本語でやるのか考えるのが面倒臭いからという理由で後回しにし続け、潰れはしなかったけど何十回も泣いてバーンアウトしてボロボロで、色んな意味で忘れられない一年になった。

 

それでも私は周りの人を喜ばせるのが好きなので、会社で勝手に年末ギフトプロジェクトを立ち上げ、パティシエの友達にお菓子ボックスを作ってもらって、ロゴ入りシーリングスタンプを発注し140個以上ちまちまとワックスシーリングを手作りし(一つは封筒に貼って一つはおまけで中に入れた)、70人全員に手紙を書くという、私にしか出来なさそうなことをやった。これを一人でやり遂げるには睡眠時間を削るしかなく毎日眠くて眠くて仕方なかった。でも今年は何もクリエイティブなことをやっていなかったので、大変だけどすごく楽しかった。手を動かして何かを作るのが好きで、プログラミングもその延長だけどやっぱり手で触れる物を作るのはそれだけでセラピーだなと思う。

 

自分の人生をどうしたいのかもう全然わからないし、キャリアも何がしたいのかさっぱりわからないし、子供は本当に可愛くて大好きだけど自分の人生を子供に捧げる気もキャリアを犠牲にする気も全くなく、私の心はいつもここにあらず状態で、とにかくいつも疲れていた。仕事と育児と勉強を同時進行するためには自分の人生を犠牲にするしかなく、でもそれが辛いかといえばそういうわけでもなく、私はとにかくもっと勉強する時間が欲しかった。

 

2026年もきっと私の人生はないだろうと思う。何がどうなるかわからないけれど、もう少しだけ頑張りたいと、2025年の終わりの私は思っている。

 

仕事、仕事、仕事

夜遅くまで仕事するライフスタイルが嫌になって転職したはずなのに、オフィスで仕事するようになればすっぱり仕事も止められるだろうと思ったのに、なぜか夜も週末もずっと仕事している。「働きすぎるのが嫌になったって言って転職するけど、いつも転職先でもっと働いてない?」と友達に笑われてしまった。その通り過ぎる。過去最高の働き過ぎ記録を更新中だ。9時から18時までの間に仕事を終わらせるなんて絶対に無理じゃない??

入社後2ヶ月経つまでは本当にここでやっていけるのかと胃がキリキリしていたし、スーパーエンジニアみたいな人と恐る恐る喋っていたが、最近はなんとかやっていけるかなという気持ちになっている。みんなにもいくつかの面では認めてもらえていると思う(送られてきたPRの中からバグを見つけるのは誰よりも上手い自信がすでにあります)。hostileというわけではないのだが、prove yourselfという空気は確実にあり、 特にスマートでシャープな人たちがたまたま私の面接に一切関わっていなかったこともあって、彼らに認めてもらえるんだろうかと常にプレッシャーを感じていた。

たくさん勉強して楽しいと言えば楽しいのだけど、料理は何もできないしお菓子も作れないしサワードウはそろそろ冷蔵庫で干からびてそうだし、お酒なんて飲んだら仕事も勉強もできないと全然飲む気になれないし、部屋の掃除も彼氏にやれと言われたら渋々やるみたいなレベルで、生活がめちゃくちゃ過ぎてこのままでいいんだろうか感がある。明日木曜は祝日で、特に予定はないけど金曜は休みを取ったので、どこかで仕事もするし勉強もするけど、ちょっといい加減ゆっくりしたいという気持ちになったので今久しぶりにこのブログを書いています。

 

結局私はこういう働き方が好きなんだろうなと思う。ゆっくりのんびり仕事する自分が想像できないし、スタートアップ以外で働く選択肢はやっぱりもうない。30代、40代はなんとかやっていけそうだけど、50代はどうなるかわからない。24歳の同僚が、自分が生きてきた年月より長くエンジニアをやっている人の面接をやるのはちょっと自信がないと言っていて笑ってしまったけど、自分もいつかはそちら側になって若い人に変なプレッシャーとか与えてしまうんじゃないかと不安になった。でもまあ先のことはわからない。なのでとりあえず体を鍛えている。社内のなぜか朝7時にボルダリングへ行くグループに参加したり、昼休みにピラティスへ行ったりして、わりといつでも筋肉痛である。同僚に連れられて行ったピラティスは、「これピラティスじゃなくね?」という感じの爆音を浴びながら体をひたすら鍛えるブートキャンプみたいなやつで、その後三日間は笑うと腹筋が痛むし、夜は寝返りを打つと痛いみたいなレベルで筋肉痛だった。ずっと通っているジムのピラティスクラスも中級クラスで取るようになったし、このまま老いに抗っていきたい。

 

仕事しながら体を鍛えて勉強して合間にzineの編集をして本当に目の回るような忙しさであった。このまま行くとバーンアウトしそうだし、せっかくフランスの会社へ転職して山ほど有給があるのだから、なんとか生活を自分の手元に取り戻したいと思う。

 

 

 

 

『それでも異国暮らし』お知らせ

『それでも異国暮らし』を無事入稿できたので、私がどこかで重大なミスをしていない限り5月11日の文学フリマ東京にて、Port(そ-21)のブースで販売します(あとBOOTHでも売ります)。200部も刷ってしまったので皆さんまじで買ってください。サイトも bolt.new で作って、目次と「はじめに」を読んでもらえるようにしました。

soredemoikokugurashi.com

あまりにこのタイトルが気に入っている、表紙のデザインが好き過ぎる、そして何よりみんなが『それでも異国暮らし』をテーマに書いてくれたエッセイが本当に本当にほんと〜〜〜〜に良くて、次回作も出したいし、このテーマでポッドキャストもやりたいと思っています。そのためにも皆さんまずは買ってくださいね!!!Xは見ないので感想はBlueskyでよろしくお願いします!!!

 

 

それでも異国暮らし 帰る?帰らない?漂う私たちの話

というタイトルでZINEを作っている。移民として生きていくことについてのエッセイ集をいつか作ってみたいな〜と思っていたら、5月の東京文フリで一緒に何かやりませんかと声を掛けてもらえたので、勢いで乗っかることにした。

アメリカ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、フランスで働くエンジニアとデザイナーの8人のエッセイ集で、移民として日々生きている中で感じていることを書いてもらっている。どんな文章を書くのか知らないまま依頼した人もいるので、どうなるか不安だったけど、蓋を開けてみればそれぞれ超面白くて、何なら私のが一番つまらなかった。今じたばたしながら私も良いものを書こうと頑張っている。

 

『それでも異国暮らし』というタイトルは、書き手の一人と一緒にワークショップをして決めたタイトルで、どういう本にしたいか話し合いながらキーワードを並べていった結果、このタイトルになった。日本を出ろという煽りには乗れない。でも日本を出たら人種差別が待っていて地獄という脅しも違和感がある。移民として生きていると楽しいことも辛いことも普通にごちゃ混ぜにあって、帰りたいと思う日も帰りたくないと思う日もあって、そういう割り切れてない感じを上手く捉えられた感じがして気に入っている。

 

英語で仕事している、フランスでエンジニアとして働いているというとすごい人みたいな扱いを受けることがあるけれど、実際にはかっこいいことよりも惨めなことの方が圧倒的に多い。どこの国でも移民についてポジティブな文脈で語られることはほとんどないし、日本にいれば悩まなくて済むような苦労もある。そういう日々の中で、どこにも行けない話がたくさん溜まっていて、きっとみんなもそういう話を抱えているんじゃないかと思った。いつまで経っても存在しないことになっている移民の話を、誰より私が読みたかったのだ。

 

そういうわけで絶賛制作中です。海外で働くなんて夢のまた夢だと思っていた大学生の頃の自分に読んでほしいなと思う。

 

 

 

 

 

夏の終わり、メキシコの味、オアシス

バカンスから帰ってきたら上の階から盛大に水漏れしていて、キッチンがびしょびしょのびしょで、すごいことになっていた。水が流れた場所は私のお菓子道具が詰め込まれている棚だったのでダメになったものはほとんどなかったけど、パン作りで使うバネトン(発酵カゴ)に緑カビと見たことのない黒いカビがついていてびっくりした。8月のパリはみんなバカンスに出ており気付くのが遅れるので、こんな感じで水漏れ事件が発生しがちらしい。1週間以上気付かれなかったとかいう噂。あ〜びっくりした。いまだに湿った匂いが消えません。

 

バカンスも終わり季節はあっという間に巡って秋になってしまった。紫のいちじく(白のいちじくは一足早く夏に出てくる)が出てくると、再会を嬉しく思いつつ夏が終わってしまうと悲しくなる。今年の家庭菜園は日本のきゅうりとししとう、それからハラペーニョにトマティーヨを育てた。トマティーヨはちょっと手に負えないレベルで盛大に育ち、彼氏がサルサヴェルデを作ってタコスパーティを何度かしました。ポップコーン用のとうもろこしからトルティーヤをせっせと作っている彼氏を見ていると我々は本当に似た者同士だと思う。これまでキッチンエイドの肉用グラインダーで挽いていたけど、最近新しくグラインダーを買ったら滑らかになりレベルアップしていた。メキシコの味がどんどん記憶から遠のいていくのが寂しい。トルティーヤプレスをオアハカで買えなかった(メキシコシティで買った)ことをいまだに後悔しているし、はやくまたオアハカに行きたい。

 

今年の夏はエッセイをたくさん読んだ。疲れ果てていて小説はなかなか読めないけれど、エッセイならするする読める。村井理子さんのエッセイを一通り読み、あとは気になったタイトルの本をざっくばらんに読んだ。ひらい めぐみ『転職ばっかりうまくなる』、小原 晩『これが生活なのかしらん』、安達 茉莉子『臆病者の自転車生活』、伊藤 亜和『存在の耐えられない愛おしさ』あたりが好きでした。知らない間に面白い書き手がたくさん増えていてすごいな〜となった。

 

オアシスの再結成ライブのチケット、発売開始から9時間後に狙っていたVIPスタンディングチケットを偶然買えた。朝からずっと張り付いたのに全然買えなくてショックでしばらく寝込みそうだったので、ついに決済画面が現れたときは手が震えました。オアシスを好きになったのは学園祭のエンディングでWhateverが流れていたのがきっかけなような気がする。最近はWhateverを無限に聴きながら流れてきた月日を思いうるうるしています。長生きしていると良いことがある。Oasisはオアシスではなくオエイシスと発音すると知ったのは皆さんいつでしたか?私はダブリンにいた頃で、何かOasis関連の動画を観ていて初めて知った。次の日同僚に「Oasisの発音ってオエイシスなの!?」と聞いた覚えがある。今思うとよくわからない質問過ぎるけど、普通にそうだよと言われたような気がする。

 

オアシスのライブまでまだ1年近くある。巡る季節の味を頬張って、来年の夏までまた楽しく生きたい。

フィルム、再会、野菜

Natura Classicaというフィルムカメラでたまに写真を撮っている。お金がなかった頃、メルカリで何か売れるものはないかと漁っていたら大学生のときに買ったこのカメラを発見し、調べたら富士フィルムが最後に作った日付を入れられるフィルムカメラだった。5万円くらいで売れると知ってそんなに価値があるなら売らずに使おうと決めた過去の自分を褒めたい。フィルムでわざわざ撮りたい写真をと思うとなかなかシャッターを切る気になれずペースはすごく遅いけど、この5年で4本フィルムが溜まったので重い腰を上げてまとめて現像に出した。そのうち3本はもう製造中止になってしまったNatura 1600で、空港で何度もX線を浴びているし古いしで、あまり期待してなかったけど意外にも綺麗に仕上がって嬉しい。撮った覚えのない懐かしい写真がたくさんあって、過去の自分からのギフトだった。フィルムを現像に出す度に高いと思うけど、返ってくる度にもっとフィルムで撮ろうと必ず思う。あまりにも早くこの世を去ることに決めた若い男の子のことを考えて毎日涙が止まらなかった頃、世界がやたらと美しく見えて、いつもの自分なら撮らない写真を撮っていた記憶があり、それだけはどうしても形に残したいと思っていたので無事写真になって良かった。

 

インスタで新しくオープンしたカフェ情報を見て、良さそうだなと思って行ってみたらなんとオーナーは知り合いだった。昔働いていた職場の前にあるカフェで一番コーヒーを淹れるのが上手なバリスタが独立してオープンしたカフェで、全く知らないで行ったのでお互いびっくりした。大好きだったカフェのオーナーと色々あって絶交して以来、日々の中でカフェへ通う時間がなくなってしまって悲しかったけど、最近また好きだと思えるカフェが増えてきて、さらにここに来てこんな嬉しい再会があるなんて。これからはこのカフェに通おうと思う。サンマルタン運河の近くにあるPerlantというカフェです、行ってみてね。

 

マルシェのいつものスタンドで3月末からあっさり初物の苺が出ていた。5月からじゃなかったんかい。ズッキーニもトマトも出ていて、ごはんを作るのがぐっと楽になった。ズッキーニは厚めに切って、オリーブオイルで焼いて、塩または味噌を付けて食べるんだけど、瑞々しさに泣きたくなるほど美味しくて毎日食べられる。昨日はプチポワを初めてミントバターソースで食べてみたら、口の中に春の爽やかな風がぴゅーぴゅー吹いて、今年一番美味しいで賞をあげたいくらい絶品だった。こんなに美味しい野菜が手軽に買えるなんて、フランスに住んでいて良かったと毎回しみじみ思う。季節が巡ってまた春を喜べること、いつまでも大事にしたい。

 

 

春、エンタメ、存在しない私たち

忙しいのが苦手でのんびり暮らしてきたのに最近信じられないくらい忙しくて気が付いたら春が来ていた。犬の散歩をしながら日光を浴びて時々目を瞑って春を味わっている。

食卓にも春が来て嬉しい。Ail des ours(にんにくの香りがするハーブ)が出て、一番早い品種の苺が出て、 イタリアから一足先にアスパラガスがやってくる。いつも野菜を買うマルシェの農家では苺は五月からだけど、今年はトマトが四月に出るという。ここから先どんどん季節が進んで色んな野菜や果物が帰ってくること楽しみで仕方がない。

春になると鉢植えを持って帰っている人に遭遇する率が増える。家に緑が欲しいのはむしろ暗い冬では?と思いつつ、あまりにたくさんの人が植物を買っているので私の中で密かな春の名物である。家の前の庭ではチューリップが咲き出して、眠っていた植物がぐんぐん芽を出して、テラスで植物を眺めながらぼーっと過ごす大好きな時間が増えてきた。冬の間は見なかった鳥もまた見かけるようになった。春だなぁと思う。

 

映像をじっと見ているのが苦手なので映画はあまり観ないんだけど、今年は私にしてはたくさん観ている。

会う人会う人にDune 2が良かったという話をされて、Dune 1すら観ていないと言うと絶対に観た方がいいと言われるので、土曜日に家で1を観て日曜日に2を映画館で観た。一万年後の世界ではアジア人は絶滅危惧種で有色人種はまだ白人に救われなきゃいけないの?と誰にも言わずに思いました。バービーも2023年にこの映画を作る意味あるんだろうか、そもそも生まれたときから「完璧」ではない有色人種を主役にしたフェミニズム映画が世界で大ヒットするのはいつなんだろうなどと思っていたけど、周りには話していないし、これからも話さないだろうと思う。でも白人が主役の映画だからといって必ず批判的に思うわけではないのだなと、Anatomie d'une chuteを観て思った。すごく面白かったし、今のところ今年一番好きな映画。

 

全部自分で荷物を持って国を変える引越しをしてきたので、本は三冊だけ選んで一緒に引っ越してきて、そのうち一冊が向田邦子の「父の詫び状」だった。久しぶりに読み返してみたら、話の展開の仕方は変わらず上手いと思うけれど、今の自分の倫理観だと全く肯定的には読めなくなっていて悲しくなった。もう読み返すことはないかもしれない。

 

時代は変わっていくし、どんなに進みが遅いように見えても、時に後退しているように思えても、それでも最後は前に進んでいくものだと信じている。いないことにされている私たちの話を、些細なことだと切り捨てられている私たちの痛みを、私は書きたいのだなと思う。