春、エンタメ、存在しない私たち

忙しいのが苦手でのんびり暮らしてきたのに最近信じられないくらい忙しくて気が付いたら春が来ていた。犬の散歩をしながら日光を浴びて時々目を瞑って春を味わっている。

食卓にも春が来て嬉しい。Ail des ours(にんにくの香りがするハーブ)が出て、一番早い品種の苺が出て、 イタリアから一足先にアスパラガスがやってくる。いつも野菜を買うマルシェの農家では苺は五月からだけど、今年はトマトが四月に出るという。ここから先どんどん季節が進んで色んな野菜や果物が帰ってくること楽しみで仕方がない。

春になると鉢植えを持って帰っている人に遭遇する率が増える。家に緑が欲しいのはむしろ暗い冬では?と思いつつ、あまりにたくさんの人が植物を買っているので私の中で密かな春の名物である。家の前の庭ではチューリップが咲き出して、眠っていた植物がぐんぐん芽を出して、テラスで植物を眺めながらぼーっと過ごす大好きな時間が増えてきた。冬の間は見なかった鳥もまた見かけるようになった。春だなぁと思う。

 

映像をじっと見ているのが苦手なので映画はあまり観ないんだけど、今年は私にしてはたくさん観ている。

会う人会う人にDune 2が良かったという話をされて、Dune 1すら観ていないと言うと絶対に観た方がいいと言われるので、土曜日に家で1を観て日曜日に2を映画館で観た。一万年後の世界ではアジア人は絶滅危惧種で有色人種はまだ白人に救われなきゃいけないの?と誰にも言わずに思いました。バービーも2023年にこの映画を作る意味あるんだろうか、そもそも生まれたときから「完璧」ではない有色人種を主役にしたフェミニズム映画が世界で大ヒットするのはいつなんだろうなどと思っていたけど、周りには話していないし、これからも話さないだろうと思う。でも白人が主役の映画だからといって必ず批判的に思うわけではないのだなと、Anatomie d'une chuteを観て思った。すごく面白かったし、今のところ今年一番好きな映画。

 

全部自分で荷物を持って国を変える引越しをしてきたので、本は三冊だけ選んで一緒に引っ越してきて、そのうち一冊が向田邦子の「父の詫び状」だった。久しぶりに読み返してみたら、話の展開の仕方は変わらず上手いと思うけれど、今の自分の倫理観だと全く肯定的には読めなくなっていて悲しくなった。もう読み返すことはないかもしれない。

 

時代は変わっていくし、どんなに進みが遅いように見えても、時に後退しているように思えても、それでも最後は前に進んでいくものだと信じている。いないことにされている私たちの話を、些細なことだと切り捨てられている私たちの痛みを、私は書きたいのだなと思う。