キムチ、友達、fatherhood premium

私はコロナ禍の間はひたすら料理をしお菓子を作りパンを焼いていたのだけど、最近はすっかり何も出来なくなってしまった。いつもの鬱と違うのは仕事はすごく楽しく自己肯定感も高く人生に対して前向きなところで、ただ生活だけがものすごく面倒臭い。そろそろサワードウが死んじゃうかもとお世話したら無事に生き返ったので、結局パンは作らずまた冷蔵庫で眠ってもらっている。

それでもここ一ヶ月くらいどうしてもキムチが食べたくて、でもキムチを作るのは面倒臭すぎて、でもキムチさえあれば手抜き料理のレパートリーが広がると思って、でもやっぱり面倒臭いから即席バージョンを作ってみたら全然白菜の水分が抜けてなくて美味しくなかった。反省していつものレシピで作り始め、今は白菜の水分を抜く段階で一晩だったところ。次の肯定を考えるとすごく面倒臭いけど、ここまで来ちゃったら作らざるを得ないので今晩は漬けたての美味しいキムチが食べれられるはずである。

キムチ作りは元々彼氏が始めたことで、しばらく彼氏の担当だったけど作ってくれなくなったので自分で作ってみたらすっかりハマって私の担当になった。彼氏のレシピは旨味甘味が一切入らずかなりシンプルで、私のはあれこれ入れるレシピなので面白いなと思う。そういえばそれぞれが作る料理の差もそんな感じだ。

 

フランスではコロナ禍はとっくに終了したことになっており、春からほぼ毎月誰かがパリに遊びに来ていた。今月もベルリンから友達が遊びに来て、更に日本から彼氏の友達が遊びに来るし、来月はブラジルから同僚がパリに来る。二年間ほぼ家の周りで犬と彼氏とずっと同じ毎日を繰り返していたけれど、今年は懐かしい友達にもたくさん会えたし、新しい友達もたくさん出来た。しかもこれから先もずっと仲良くしていけそうな友達で、長く生きていると良いことがあるんだなと思うくらい嬉しかった。

 

今年知った言葉に"motherhood penalty"がある。子供を持つことによって女性が受ける社会的な不利益なことで、そういう差別があることには驚きはないのだけど、それでもこうやって定義されているんだと思うとショックだった。そして昨日 Annual equity report 2022 を読んでいて新しく知った言葉が "fatherhood premium"。ちょっと子育てしただけでも男性が好印象を得られるのは想像がつくけれど、女性の二倍もequityをもらえるようになるって一体どういうことなんだ。

女性として社会で働いて生きていくってどういうことなんだろうと思う。今年再会した友達、新しく出来た友達に誰も子供がいなかったことを考えている。